呂志山経歴と中国占術

呂志山

香港に生まれ、高校卒業までを香港で過ごす。カナダの大学で地質学等を専攻・卒業し、1981年に香港に帰国。アメリカ系企業に3年勤務した後の1985年に独立。風水と子平八字を中心としたコンサルティングで活躍中。

13歳より9名の占い師について修行をはじめ、中国占星術、手相・人相術、子平八字、風水等に精通し、気(エネルギーの流れ)を読むことができるようになりました。そのエネルギーはレベルにより7色に分けられ、個人や建物の運命を反映するといいます。その“気”は太陽・星そして大地から発しており、良い気が流れる家はきれいな色をしているのだそうです。地球上の鉱物や岩石、たとえばダイヤモンド、水晶や翡翠は、これらのエネルギーを吸収し、身に付けることにより人のパワーを増大させます。

中国占星術の起源はおよそ3000年前にさかのぼりますが、その多くは時間を経るに従い変質し、また理論的な考察を欠いているのが現状です。呂志山は古来の風水に西洋科学的な調査・分析も取り入れ体系だてることをライフワークに研究を重ねています。

クライアントは政府関連組織、民間、国内外を問わず多岐にわたり、オフィス関連の風水だけではなく個人的な問題へのコンサルテーションも行っています。また、風水に関するセミナーや執筆も多数行っています。

主要クライアント(法人)

香港土地開発会社(政府関連組織)、中国銀行、シティバンク、香港上海銀行、タイムズスクエア、香港乗馬クラブ、IBM,ハッチソンワンポー、近鉄、へグナーマーケティング、香港テレコム、スイスフォルクス銀行、シグナワールドワイド、メリルリンチ、香港貿易発展局、香港政府観光局、元タイ国副首相、香港政府通貨基金会長など

プロジェクト

シティバンクプラザビル(シティバンク香港)建設など多数

執筆

香港の新聞・雑誌における各種風水コラム、風水ドキュメンタリービデオ(香港政府・ニュース部発行:40の大学図書館に風水のガイドとして寄贈)

呂志山と中国占術

呂志山は14歳から9人の占師について中国占術を学びました。ここではその占術を簡単に紹介します。

子平八字

日本では四柱推命と呼ばれます。宋代の徐子平が大成したので、「子平」、また生年、生月、生日、生時の干支のみを使用することから「八字」とも言われます。生年月日より本人の天命(先天的な宿命)を診断します。

紫微斗数

宋代の陳希夷という仙人が創始したといわれ、香港では子平八字(四柱推命)と並んで人気があります。子平八字にくらべ細かな判断が出来るといいます。

河洛理数

紫微斗数と同じ陳希夷が創始者といわれます。生年月日時より易卦を出し、易によって命運を判断します。

七政四餘

中国のホロスコープ占星術で、子平八字(四柱推命)や紫微斗数、河洛理数等の占術よりも起源が古く、それらに大きな影響を与えました。しかし、難解な上に複雑な天文計算を必要とするため、宋代以降は子平八字や紫微斗数等が主流となります。

鉄版神数

鉄版神数は、子平八字(四柱推命)・紫微斗数・河洛理数・七星四餘等の知識の理解が必須であるため非常に難解です。鉄版神数は「元」、「会」、「運」、「世」、「年」、「月」、「日」、「時」、「分」という膨大な時間の流れを使用する複雑な計算が必要となります。

六壬神課

ある特定の時間をもとに式盤を作成し、事件を予見します。日本にも伝来し陰陽道にとりこまれました。

奇門遁甲

三国志で有名な諸葛孔明が大成したといわれ、本来は兵法として用いられました。人の運命を改善し凶運を吉運に変えます。

太乙神数

奇門遁甲と同様、諸葛孔明が大成したといわれ、天下国家の将来を予見します。

九星気学

一白・二黒・三碧・四録・五黄・六白・七赤・八白・九紫の九つの星を使用する開運占術。

陽宅風水

居宅にパワーを呼び込むための風水。「気」を取り入れ人生をより豊かなものにすることをめざします。

陰宅風水

墓所にパワーを呼び込むための風水。風水では墓所に「気」を取り入れることで子孫繁栄を図れると考えられています。明の十三陵(中国明王朝の陵墓)が例として挙げられます。

呂志山は伝統的な子平八字と風水の手法に加え、独自の研究の成果を加味してきました。現在では子平八字(四柱推命)と風水によるコンサルティングを行っています。